九頭龍神社
「箱根権現御手洗(みたらし)の池」といわれる芦ノ湖の守護神「九頭龍大神(くずりゅうおおかみ)」を祀る神社。商売繁盛・金運守護・心願成就・良縁成就などに御神徳の高い龍神様として知られます。
多くの武将が尊崇した運開きの神様
『筥根山縁起并序(はこねさんのえんぎならびにじょ)』(1191年成立)によると、第5代孝昭天皇の時代に聖占(しょうぜん)仙人が箱根山の駒ケ岳に神仙宮を開き、同主峰の神山を神体山として祀って以来、箱根山は山岳信仰の一大霊場となりました。その後、奈良時代の天平宝字元年(757年)に箱根山で修行していた万巻上人(まんがんしょうにん)が、箱根大神の御神託を受けて現在の地に社殿を建立したといわれます。
鎌倉時代には源頼朝が深く信仰し、箱根権現(箱根神社)と走湯権現(伊豆山神社)へ参拝する「二所詣(にしょもうで)」を行うと、幕府の恒例行事となりました。また、1232年(貞永元年)に執権北条泰時が制定した「御成敗式目」の起請文(神仏に捧げる願文)では願いを捧げる神仏の筆頭に挙げられ、関東公方足利氏や北条氏、徳川家康など、多くの武家が崇敬を寄せました。
特に崇敬の厚かった徳川家康は、1594年(文禄3年)に神領200石を寄進し、1612年(慶長17年)には大規模な社殿造営を実施。1618年(元和4年)に東海道が整備されると、東西交通の要(交通安全祈願所)として庶民信仰の聖地へと変貌していきます。
御祭神は、「瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)」、「木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」、「彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)」の御三神を「箱根大神(はこねのおおかみ)」の奉称で併祀し、開運厄除・心願成就・交通安全・縁結びに御神徳の高い、運開きの神様として信仰されています。毎月執り行われている月次祭(つきなみさい)は、事前に申し込むと誰でも参列が可能。御本殿に向かう参道は樹齢600〜800年を超える老杉の並木に抱かれ、朱塗りの権現造りの社殿の背後には県の天然記念物に指定された姫沙羅の純林が広がっています。
太刀「薄緑丸」は源義経の奉納と伝えられる一振り。木曽義仲の奉納とされる「微塵丸」とともに箱根権現別当の行實(ぎょうじつ)が曽我兄弟に授け、仇討に用いられたのちに源頼朝が還納したといわれます。また、義経の形見として静御前が携えていたものを、頼朝が奉納したと伝えられる「白磁洞簫」は日本で唯一現存する白磁製の縦笛です。
「箱根権現御手洗(みたらし)の池」といわれる芦ノ湖の守護神「九頭龍大神(くずりゅうおおかみ)」を祀る神社。商売繁盛・金運守護・心願成就・良縁成就などに御神徳の高い龍神様として知られます。
箱根神社例大祭の宵宮祭(よいみやさい)。7月31日の夕刻、境内の九頭龍神社(新宮)での「庭上の儀」に続き、芦ノ湖での「湖上の儀」、芦ノ湖畔の斎場での宮司による「湖水神事」が斎行されます。
関東地方最古の神像のひとつとされる「男神坐像」と「女神坐像」(ともに重要文化財)のほか、源義経の奉納とされる太刀「薄緑丸」や「織田信長書状」など数々の貴重な宝物資料を収蔵しています。
かつては箱根権現の稚児で、曽我兄弟の仇討で知られる曽我五郎時致(ときむね)と、兄・十郎祐成(すけなり)の御霊を慰めるために祀ったのが始まり。心願成就の守護神として崇敬されています。
箱根元宮(奥宮)が立つ駒ヶ岳山頂の眼前には、御神体山とされる神山が位置しています。箱根権現御手洗の池と称えられる芦ノ湖には、朱塗りの「平和の鳥居」が建立されています。
801年(延暦20年)、征夷大将軍の坂上田村麻呂が東北鎮撫の際、神前に表矢を奉納。源頼義や源義家、源頼朝ら後世の武将たちも先例にならって戦勝を祈願したことが名前の由来となっています。
住所 | 〒250-0522 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1 |
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電話 | 0460-83-7123 |
FAX | 0460-83-6669 |
HP | https://hakonejinja.or.jp |
駐車場 | あり |
トイレ | あり |