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源頼朝が挙兵したと伝えられる八幡宮

北条の里の中心ともいえる守山(もりやま)は、古来より信仰の対象として崇められてきました。その中腹に鎮座する守山八幡宮の祭神は、「誉田別命(ほんだわけのみこと)」「大山祇命(おおやまつみのみこと)」「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」の三柱で、源氏の守護神である八幡神を祀る社でもあることから、源頼朝や堀越公方足利政知の崇敬を受けたという伝承が残っています。

1180年(治承4年)4月27日に以仁王(もちひとおう)から平家追討の令旨を受け取った頼朝が、それを開く前に守山八幡宮に向かって拝んだという伝承が残っています。また、源頼朝が挙兵したゆかりの地とも伝えられ、境内にある「史蹟 源頼朝挙兵之碑」と題した石碑には、次のような碑文も。
「源頼朝 治承四年八月十五日守山八幡宮に平家追討を祈願して挙兵 夜陰 源氏重恩の軍 兵数十騎 山木判官平兼隆を襲い討つ 其の間 頼朝 遥かに山木館の火煙を望み 悲願の達成を悦ぶ 蓋し鎌倉幕府草創の礎はここに於て成ると 故に記して 建碑の所以とする」

切妻造銅板葺平入の拝殿と弊殿(へいでん)、社殿を保護する覆屋(おおいや)がある。現在の本殿は、徳川家康に仕えたのち久能山東照宮の祭主となった榊原照久が1632年(寛永9年)に造営したもの。鎌倉時代から湧出していたと伝えられる伊豆長岡の古奈温泉を訪れ、宮司家である槇家に逗留した礼として造営したと伝えられています。

歴史が動き始めた場所

頼朝が挙兵した際の本陣のあたりとされる守山八幡宮は、北条邸から歩いて10分ほどの位置にあり、北条の里の総鎮守としての役割も担っていました。山木邸までは徒歩で約40分の距離にあり、頼朝は山木兼隆を襲撃する前に、自身の師であった走湯(そうとう)権現の僧・覚淵(かくえん)に相談したとも伝えられています。

関連人物

基本情報

住所 静岡県伊豆の国市寺家1204-1
HP https://izunotabi.com/sightseeing/moriyama-hachimangu/
駐車場 なし
近隣に「北条の里(守山東)駐車場」あり(徒歩5分 15台程度)
トイレ なし

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